時の欠片(12)
2008/02/06 公開
雪菜は、何処へ行くのかは問い掛けて来なかった。
考えを見透かされていたのかもしれない。
きっと、由衣に会いに行くのだろうと、分かってくれていたのかもしれない。
ありがたかった。
以心伝心していたのなら、本当に血の繋った姉弟なんだなと思えた。
俺は立ち上がり、よろめく足で必死になって体を支えた。
もう、体の感覚は半分以上なくなっている。
時間がない。急ごう──由衣が消えてしまう前に。
ヨロヨロと、俺は歩いた。
情けない姿だったかもしれなかった。
でも人目なんて気にしている場合じゃなかった。
──どうせ、誰にも見えないんだっけ。
雪菜にだけは見えているみたいだけれど。
「ゆう」
その雪菜が、俺を呼び止めた。
俺はゆっくりと振り返る。
泣いてくしゃくしゃな顔をした雪菜の姿があった。
おそらく、俺も似たような顔をしているのだろう。
だって姉弟だからな、と俺は妙に納得して微笑んだ。
こんな状況でも笑える自分にちょっとだけ驚いた。
「ゆう」
雪菜は、もう一度俺の名を呼んだ。
「ゆうは、生意気だし、ムカつくし、すぐ文句言うし、いじめたらすぐ泣くくせに偉そうだし……だけど、だけどね、」
雪菜はクッと顔を上げて俺を見た。
雪菜の口から零れた吐息が、白く、ゆっくりと空へ昇っていった。
俺ももうすぐ、あの吐息のように空へ昇って行くのか。
命なんて、儚いもんだ。
そう思って、俺はまた笑う。
それを見た雪菜も笑う。
ニッコリ、泣き顔で。
静かに、口許だけを歪めながら。
「だけど、大好きだったよ」
それが、雪菜からの最後の言葉だった。
俺は、由衣を探した。何処に行ったのかは、見当もつかなかった。
それでも、早く見つけなければ、もうすぐ俺たちは消えてしまうだろう。
とりあえずまず学校の方へ戻ってみた。
しかし、通行止めの区域に差し掛かって先へ進めなかった。
ふと、その通行止めの場所は昨日俺たちが倒れていた辺りだったことに気付いた。
──ぶんぶんと首を振って、遠回りで学校を目指す。
でも、何処だ?何処に居る?
俺はすっかり日の暮れてしまった町を走り回った。
何処にいるのか思い当たる節を考えていると、別れ際に由衣が言った言葉を思い出した。
“私、行かなくちゃならない所があるの”
それは何処だ?行かなくちゃならない所?
どういうことだ?
待てよ。待て待て待て。落ち着け、俺。
学校から駅へ向かう途中、俺は雪菜に何かを尋ねられたはずだ。
それに俺は答えられなかった。そうだ。
“ねぇ、覚えてる?私たちが初めて会った場所”
由衣の言葉が蘇った。心臓が鳴った。
直感で、そこだと確信した。由衣は、そこにいる。
初めて出会った場所──
由衣は学校ではないと言った。
俺はずっと、高校で初めて由衣と知り合ったと思っていた。
もしかして、違うのか?
中学の時?小学生の時か?それとももっと前?
思い出せ!俺は馬鹿か?
どうしてそんなことも思い出せない。
俺は歩くのを止めて、その場にうずくまった。
体力は限界に近かった。
なんだか、意識が遠のいていく。
タイムリミットは確実に迫って来ている。
思い出せ!
俺は何度も心の中で叫んだ。
何度も記憶を辿り、そして、アッと声を漏らした。
──もしかして。
それは、俺たちの通う高校の入試が終わった夕方のことだった。
あまり試験の出来が良くなかったせいで、俺は呆然と町を歩いていた。
気が付けば、見知らぬ公園がすぐ側にあった。
上の空で歩いていたから道に迷ったかと思ったが、
受験票の受験場案内の地図に確か公園が載っていたのを思い出して、
慌てることもないか、と俺はその公園を見回しながら思った。
──ブランコに、一人の少女が座っていた。
隣り町の中学の制服を着ていた少女は、おそらく俺と同じ高校を受験していたのだろう、
俯いた表情でゆらゆらと地面を見つめていた。
不意に少女が顔を上げた。
そして、公園の入り口で突っ立っていた俺に気付いて、俺の方を見た。
そしてその時、哀しそうな笑顔をみせた少女の表情が──
──由衣の寂しそうな笑顔と重なった。
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