時の欠片(10)
2008/02/06 公開
「さよなら」
由衣はそう言って、トタトタと小走りに線路沿いの道を走って行った。
それを見届けてから、俺は駅の建物へ歩みを向ける。
改札の前に、誰か見知った人間が立っていることに気付いた。
雪菜だった。
「姉ちゃん、何してんの?」
立ち止まり問い掛けると、雪菜は表情ひとつ変えず問い返した。
「……さっきの子が、彼女?」
俺はギクリとして、苦笑いを浮かべた。
雪菜は、笑わなかった。
「見られてた?」
「あの子は、気付いてるみたいね」
「……は?」
俺は首を傾げた。
──意味が分からん。
「姉ちゃん、昨日から何か変だぞ?」
俺はそう言って雪菜の前を通り過ぎようとした。
しかし、雪菜がそれを制止した。
俺は驚いて雪菜を見た。
「あの子、名前は?」
「……小野村由衣」
そう、と雪菜は言って、俺に付いて来るように促した。
駅裏に寂れたベンチがあったので、雪菜はそこに腰を下ろした。
座りなよ、と促され、俺もその隣りに座った。
石で出来たベンチはやけに冷たくて、俺は体を震わせた。
「本当のこと、言うね」
雪菜は躊躇いがちに呟いた。
吐く息が、白々と立ち昇っていく。
俺はそれを見つめながら、黙って頷いた。
空には、一番星が輝いていた。
ガタンガタンと、急行列車が通過するのを待ってから、雪菜は重たい口を開いた。
「ゆうはもう……死んでるの」
「……は?」
またいつもの冗談が始まったと俺は思った。
こいつは時々真顔でこんな冗談を言うから質が悪い。
小さい時はそれでよく泣かされたのを覚えている。
「死んでるなら、ここに居る俺は何だよ」
「幽霊って奴でしょ」
逡巡する気配もなく、雪菜はサラッと言ってのけた。
俺は様子見のためにも、雪菜の嘘に乗ってやることにした。
「それが本当だとして、いつの間に死んだんだよ、俺」
「昨日、倒れた時」
ハハッ、と俺は笑った。
しかし、雪菜の白々しい演技を馬鹿にする一方で、心の奥底の方から、一欠片の不安が湧き上がっていた。
「病院行って診察まで受けたの?幽霊が?」
「あの病院ね……一か月前に閉鎖になってたのよ」
いい加減、気味が悪くなってきた。
雪菜の口からあらかじめ用意していたかのように次々と嘘が飛び出してくるからだ。
いつもなら、俺が何か矛盾点を見出だす度に、答えに詰まっていたはずなのに。
それが、俺の不安をますます増大させた。
「そろそろ冗談はやめろよ」
自分の声が、震えているのに気が付いた。
明らかに動揺している。
俺は完全に冷静な思考回路を失っていた。
「冗談じゃないよ」
「じゃあ……だったら何なんだよ!」
俺は思わず声を張り上げて怒鳴った。
嫌な汗がダラダラと背中を流れている。
雪菜は、それに臆することなく答えた。
掠れた声だった。
「全部、本当だから」
不意に、雪菜の頬をスルリと何かが伝った。
──涙。
「ちゃんと……説明しろよ」
釣られて泣いてしまいそうになるのを堪えながら、雪菜を諭した。
気が付けば、何故か笑っていた。
笑っている自分に気が付いた。
それはきっと、泣いているような醜い笑顔でしかなかっただろうけれど。
「昨日お見舞いに来てくれた時は、もう死んでるって知ってたのか?」
雪菜は黙って頷いた。
洟をすすり、ゆっくりと顔を上げた。
涙で目が真っ赤になっていた。
「ゆう自身まだ死んでるって気付いてないみたいだったから、言えなかった」
小さく、ごめんなさいと謝った。
「……俺が見た医者は、幻か?」
尋ねると、雪菜は多分ね、と言った。
廃墟の病院って、幽霊いそうだし、と付け加えた。
「でも、由衣が救急車呼んだんだぜ?由衣まで一緒に幻見てたっていうのか?」
笑いながら言う俺。それに笑わない雪菜。
何故だか凄く躊躇いがちに、雪菜は何かを言い淀んでいた。
「そうだ、だいたい、俺が気付いた時から、由衣はずっと側に居たし、
もし俺が死んでるならあいつに俺が見えるのかよ、姉ちゃんみたいにあいつにも俺の姿が見え──」
「あのね」
強い口調で雪菜は俺の言葉に割り込んできた。
そのあまりの迫力に俺は思わず尻込みしてしまう。
黙り込んで俯いた俺に、雪菜は口を開いた。
声は、さっきよりももっと掠れていた。
──俺は、耳を疑った。
「あの子ももう、死んでるのよ」
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