時の欠片(8)
2008/02/05 公開


遊園地は、そこから歩いてすぐのところにあった。
平日とはいえ寂れた田舎町ながらその遊園地はなかなかの賑わいを見せていた。
遊び場がこの町にはここくらいしかないというのが
正直な所その理由だろうとは思うけれど。
ふと、何人かが券売機の前に行列を作っているのが見えた。

「あ、ちょい待て、入場券買わねぇと」

財布を探りながら言うと、由衣は俺の袖をグイと引っ張って、

「良いの、今日はタダだから」

と、無理矢理中へ引っ張っていった。
入口のゲートをくぐる時に受付の人が何も咎めなかったので、
あぁ、本当にタダなんだと分かった。
はて、それにしても今日は何かあるのだろうか。
開園何周年記念で入場無料かなんかだろうか。
何にせよ、券売機で券を買っていた奴等は、
俺と同じくそのことを知らなかったんだろう。
全く、入場券の買い損だな、可哀想に。

由衣は、そのまま俺を引っ張って、まだ人の少ない観覧車の前まで連れていった。
俺たちが来ても何故かボーッとしたままの係員をよそに、
由衣はそそくさとそれに乗り込んだ。
勝手にゴンドラの扉を開けると、
ようやく気付いたかのように、係員が俺たちの方を見た。

由衣は構わず乗り込んだ。
俺も後に続く。
すると係員が無言ながらも慌ててゴンドラの扉を閉めてくれた。
もしかしたら、眠いのかもしれない。
やる気のない係員の様子に、大丈夫かな、この観覧車、と少し不安になる。
しかしそんな心配をよそに、ゴンドラはゆっくりと動き始めた。

「この観覧車乗るの、実は初めてなんだよね」

由衣が、ポツリと呟いた。

「好きな人が出来たらずっと一緒に乗りたいって思ってた」

向かい合って座っていた由衣が、しみじみと語り始める。
俺はそれを黙って聞いていた。

「だから、その夢が果たせて、本当に嬉しいの」

ガコン、と音がした。
見ると、二つ下のゴンドラに、別のカップルが乗り込むのが見えた。

「ありがとう」

俺は視線を由衣に戻した。
哀しそうな笑顔を浮かべていた。

「何か……あったのか?」

自分からは尋ねないつもりでいたが、どうしても気になってそう問い掛けた。
由衣は、答える代わりに肯定とも否定とも取れる笑顔を繕った。

隠し事をされるのが嫌いな質だったからだろうか。
俺は、少し苛立ちを覚えていた。

「あ、ほら見て、海が見えるよ」

由衣が指差した先では、青い海が白波をたてていた。
太平洋とはいえ普段は穏やかな湾内の波が、この日は珍しく荒れていた。
いつかテレビで聞いた、冬は時化が多いという話を思い出していた。

ただ、波の作る光の反射がまるで宝石のようにキラキラと綺麗だった。
さっきまでの苛立ちは、一瞬にして何処かへ消え去った。

「波が綺麗だな」

俺は正直にそう呟いた。
そうだね、と由衣は笑う。

由衣は扉の把手に手をかけて海を見ていた。
俺は、高鳴る鼓動を抑えながら、その右手の上に俺の左手をそっと重ねた。
一瞬、驚いたようにビクンと反応した由衣の右手が、
すぐに俺の左手を受け入れた。

由衣は、俺の目を見つめていた。
俺も由衣の目を見つめた。
ゴウンゴウンと唸りを上げながら、
ゴンドラは頂上に差し掛かろうとしていた。
二人とも黙り込んでいたから、金属のギシギシと軋む音がやけに耳に響いた。


由衣が、そっと目を閉じた。
俺は覚悟を決めて、由衣の顔を覗き込むように近付いた。

ゆっくりと唇を合わせていく。

初めてのキスは、なんとも言えない甘い味がした。

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