時の欠片(7)
2008/02/05 公開
翌日になって、俺は退院を告げられた。
医者が言うには、もう問題はないだろうとのことだった。
──正直な話、それはあまり信用出来なかった。
あの声が聞こえてくれば、俺はまた倒れるに違いない。
とはいえ、医者にその話をしたとしても、
頭のおかしい奴として片付けられるのがオチだった。
すぐさま精神科医に回されること請け合いだ。
俺は病院を出ると、冷たい空気が渦を巻きながら俺の頬を撫でた。
短い前髪がゆらゆらとまるで火の消えかかったロウソクのように揺れた。
──由衣ちゃんに電話でもしようかな。
そう思うと、俺の頬は急にニター、と形悪く崩れた。
出来損ないの人形のように、情けない表情をしているんだろうな、
と客観的に自分を想像しながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
電源を切ってあったそれの電源を入れ、アドレス帳から由衣の名前を探す。
──あった。
俺はすぐさま通話ボタンを押した。
トゥ、トゥ、トゥ、と番号を打ち込むような電子音が聞こえる。
俺は胸をドキドキさせながら、コールが始まるのを待った。
──ただいま、お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません。
「あれ?」
番号を登録し間違えていたのだろうか。
少し残念に思いながら、仕方なく携帯電話をしまった。
俺はそのまま家に帰ろうとしたが、ふと気が付くと、
いつの間にか由衣が目の前に立っていた。
制服姿の彼女は、何故か肩で息をしていた。
急いでここへやって来たかのようだった。
「おぉ、い、今電話しようとし……」
俺の発言を待たずして由衣は突然俺に抱き付いた。
──ちょ、待て、俺まだ心の準備が、いや、あ、
「良かった」
掠れた声がした。
すぐに由衣の声だと分からなかったのは、
今までずっと泣き続けていたかのような鼻声のせいだった。
「どうしたんだよ」
困惑しながらも、何か得体の知れない物を感じ取った俺は、胸の中に居る由衣を強く抱き締めた。
由衣は初めからそれを求めていたかのように、抗うことはしなかった。
「……多分気のせいだから」
何のことだろう、と俺は首を傾げた。
そういえば、今日は期末試験の二日目だったことを思い出して、
試験の出来が悪かったのだろうかと考えた。
──そんなんじゃ無さそうだな。
原因が何かは分からないが、由衣は何かに怯えているように見えた。
だから、とりあえず俺はその由衣の不安を払拭することだけを考えた。
理由なんて、由衣が話したくなった時に話してくれれば良い。
今は無理に聞き出すタイミングじゃないとそう思った。
「今日、デートしようよ」
俺はドキッとした。初デート。
退院していきなりハッピーラッキーな展開じゃないか。
──尤も、彼女が泣いている以上、そんな楽観的に考えることは出来なかったけれど。
「良いよ」
今は昼過ぎで、普段ならまだ学校がある時間帯だった。
が、テスト中だから今日は学校が午前中で終わりだった。
そのため気兼ねなく遊びに出掛けられた。
無論明日もテストはあるのだが、そんなことは俺の頭から飛んでしまっている。
好きな女の子との初デート > 赤点
当然の不等式だ。
──いや、そうでもないのかもしれないが。
「観覧車に乗りたいな」
ふと囁いた由衣のその一言で、俺たちの初デートの行き先は決まった。
西に傾き始めた太陽が、眩しく二人を照らしていた。
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