時の欠片(4)
2008/02/03 公開
「しばらく、様子を見ましょう」
病院に着くや否や散々精密検査をされたせいで
健康な奴だって眩暈のひとつくらい覚えそうなほど疲労感たっぷりの俺に、
如何にも貧弱そうな眼鏡野郎(一応、医者らしい)が言った。
検査したところ異常は見られなかったそうだが、10分も気を失っていたということを、
病院へ運ばれる途中の救急車の中で由衣が話してしまったせいで、
脳・神経系に異常があるかもしれないと必要以上な警戒をされたのが原因だろう。
今日一日入院するはめになったらしい。
「ありがとうございました」
正直言えば疲れ果てただけで迷惑な検査だったが、
常識がないほどの馬鹿ではないので一応お礼だけは言って診察室を出た。
廊下のソファに、由衣がポツンと座っていた。
「どうだったの?」
部屋から出て来た俺に気付き、由衣は立ち上がり駆け寄って来る。
俺は、少しドギマギしながら、答えた。
「異常はないって。でも、念の為一日入院だと」
「そっか……」
少し安心したように、由衣が溜め息を吐いて目を伏せる。
サラサラと落ちる綺麗な前髪に見とれていた俺は、ふと我に返って口を開いた。
「今日は、ありがとな」
由衣がゆっくりと顔を上げた。
目と目が合い、そして俄かに彼女の頬が緩んだ。
「俺のせいで、テスト……」
「それは良いの」
瞬きした目が、キラキラ輝いて見えた。
泣いていたのかと思うほどに、その瞳はしっとりと濡れていた。
「テストより、……藤崎君の方が心配だったし」
恥かしそうに、由衣は俯きながら囁いた。
そしてすぐに照れ隠しのような笑顔を浮かべた。
笑顔。
──ぐはっ。
俺に329のダメージ。俺は息絶えた。
──可愛い過ぎる。
「あ、ありがとう」
なんとか声を絞り出して、俺は再度お礼の言葉を口にする。
それに由衣は嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、腹減らない?昼まだ食べてないだろ?」
思い付いたように口にした。
「え、あ、もう2時前なんだね……」
今時珍しいかもしれないが、彼女は腕時計を付けていた。
左腕の可愛らしいそれを確認してから、由衣は俺を見た。
「さっき、ここの地下室に食堂があるから、そこでご飯食べると良いよって医者に言われたんだ」
「それは……私みたいな見舞い客も使って良い食堂なのかな?」
「別に良いよって言ってたぜ、可愛い彼女さんを連れてどうぞって」
「えっ……」
みるみる由衣の顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
俺は、慌てて訂正を加える。
「な、なんか、あの医者勘違いしてるみたいでさ……俺たちまだ今は付き合ってないのに……」
「今、は……?」
──しまった、と俺は思った。
ドジを踏んだ。
これじゃあまるでこの先付き合うことがあるみたいじゃないか。
しまったしまったしまった。
──穴が有ったら入りたい。
いや、マジで。
しかも心臓はバクバク言ってやがる。
バクバクなんてもんじゃない。
バックンバックンだ、バックンバックン。
もうやべーやべー。
「……藤崎君?」
「は、はひっ?」
──噛んだ。
も、もう死にたい。
いや、死にたくない死にたくない。
さっき死んでも良いとか思った瞬間声が聞こえたんだった。
まだ死にたくないからな、謎の声。
断じて、決して、あるいは辛うじて。
──誰に話しかけてんだか、俺。
「あ、あのね、藤崎君」
「な、何?」
俯いて、少しモジモジと落ち着かない様子の由衣に、俺は頭がスパーク。
スパークリングワインなんか目じゃないぜってくらいスパーク。
──いや、俺ですら意味分からん。
もはやカオス。俺の心拍数、ただいま8ビート。
「わ、私……藤崎君のこと……」
ヒートアップ。心拍数ただいま16ビート。
スパークスパーク。
ハッハッハ。
ヘイユー!
──なんだ、これ。
人間って、極度に緊張すると頭がパーになるのか。
いかんいかん。
餅つけ、いや、落ち着け、俺。
「好き、なんだ」
──はい?
これなんて10万ボルト?
え?雷じゃない?あ、俺の心音か。
「なななななななな、何ですと!?」
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