時の欠片(2)
2008/02/02 公開


きた。
また、あの声が──

“お前はどうせ犯罪者になるんだ、だったら今死んでも構わない”

何を訳分からないことを言ってるんだ。
っと、俺は心で強く念じ、意識を奪われまいとする。

「大丈夫?」

由衣が、異変に気付いて尋ねた。
不安そうな表情だけが視界に霞んで見えた。
だんだん暗転してゆく世界。
──違う。
俺が瞼を閉じているんだと気付いた。
急激な頭痛。吐き気。
二重人格。
そうなのか。
本当にそうなのか。

暗闇の何処か遠くの方で、不気味な笑い声が聞こえた。

“お前は、必ず罪を犯す、犯さなくてはならない”

意味が分からない。
何が言いたいんだ。

俺はその何者かに訴えた。
しかし、返事はない。
ただ、すぐ耳元で呼吸をするような音だけが聞こえた。

罪を犯す。
犯さなくてはならない。

ここの所毎日のように聞かされてきた言葉だ。
それが、俺の外側から聞こえて来たのなら、まだ耐えられた。
しかし、それは俺の内側から発せられた声。
つまり、その思想を巡らせているのは、俺自身。

そして俺は考える。
犯罪者になってしまえば、謎の声の言う、
“罪を犯さなくてはならない”その義務を果たすことになるのではないか、と。
そうすれば、この薄気味悪い声も聞こえなくなり、
平穏な日々を取り戻せるに違いない、と。
だから、考え続ける。
犯罪者になるには、どうすれば良いんだろうか──
そればかりを。

──何を考えているんだ。

我に返り、目を開くと、由衣の顔がすぐ側にあった。
不安そうな表情だった。

「藤崎君?大丈夫?」

オロオロと、いつもの彼女では考えられないほどに取り乱していた。
今気付いたが、俺は道のど真ん中に倒れ込んでいた。
歩きながら“あの声”を聞いたのは初めてのことだったので、
道端で倒れたのも当然初めてのことだった。

「ごめん、俺……」

ゆっくり起き上がって、立ち上がろうとしたところ、突然、それを制止された。
──いや、そうじゃないと零コンマ数秒で悟る。
抱き付かれたのだ、由衣に。
何が何だか分からずに、俺は唖然としていた。
ただ、そんなに胸に顔を押付けられたら、
凄まじい勢いで──まるで台風が過ぎ去った翌日の疏水のように
テンポを刻む鼓動を聞かれやしないかとハラハラしていた。

「良かった……」

彼女が呟くや否や、あぁ、心配してくれてるんだと分かった。
そしてそれが無性に嬉しかった。

「10分くらい気失ってたんだから……」

俺は驚いた。
10分も気を失っていれば、確かに誰だって心配する。
彼女の体はすっかりと冷えきっていて、鼻を啜りながら小さく呼吸をしていた。

「……ごめん」

とりあえず謝ると、彼女はフフっ、と笑った。

「なかなか起き上がらないから、携帯で救急車まで呼んじゃった」

「救急車、来るの?俺、もう大丈夫だけど……」

「でも一応、診察してもらった方が良いよ。多分もうすぐ来るから……」

「だけど今日テストが……」

「病院行って。じゃないと、心配でテスト受けられないから……」

ゆっくりと俺の胸から顔を離し、彼女は囁く。

しばらくすると、サイレンの音が聞こえてきた。

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