時の欠片(2)
2008/02/02 公開


 藤崎 夕 (16)
 ふじさき ゆう

市内の公立高校に通う、ごく普通の高校一年生。
同じ高校の同じクラス、小野村由衣という少女に想いを寄せている。
つまりは、普通に勉強して、普通に恋愛して、普通に生きている。
そんな男だった。
それがいつからだろうか、変わろうとしていたんだ。
おそらく、あれは──

「おはよ」

ガタガタと揺れる電車窓の外、喉かな田園風景を眺めていた俺に、何者かが話し掛けてきた。
さっきから再来し始めた眠気と必死で戦っていた俺は、
無愛想に舌打ちをして「今は眠いから黙れ」という言葉を吐き出そうとした。
が、振り返ると、女が居た。
小野村由衣だ。
舌先まで伝達しかかった言葉を慌てて飲み込んだ俺は、咄嗟に繕った笑顔と共に挨拶の言葉を返した。

「お、お、おやすみ」

──間違えた。
しかし、由衣はまるで天使のようなその頬を緩めて笑っていた。

「まだ、寝ぼけてるの?」

クスクスと笑いながら、彼女は続けた。

「昨日遅くまで試験勉強してたのかな?」

「あ、いや、まぁ、そんな感じかな」

本当は、携帯の写メ(もちろん由衣ちゃんの)を見ながら、
一人であんなことやこんなことを考えていたなんて
当人の前で言えるはずもなく、俺は嘘をついた。
勉強なんて、コレっぽっちもしていない。

「じゃあ、問題」

不意に、由衣が人差し指をピンと立てながら言った。
不覚にもその人差し指が俺の萌えポイントにジャストミート。
顔を真っ赤にしながら俺は軽く目を逸した。
──ヘタレ言うな、そこの読者。

「藤原四兄弟が729年に自殺に追い込んだのは誰でしょう」

ゴトゴトと鳴る枕木を、俺は静かに聞いていた。
問題?
聞こえない聞こえない。
というよりも、分からない、分からない。

「……本当に勉強したの?」

しばし無言の俺を見て、目を細めながら彼女。

「……してません」

正直に言うと、彼女は小さく笑って、やっぱりね〜、と嬉しそうに囁いた。

「ま、赤点取らなきゃ良いもんね、藤崎君理系だし」

ゆっくりとスピードを落とす電車が、市街地に差し掛かる。
それと反比例して脈打つ速度を上げる俺の心臓。
緊張して上手く話せない俺は、なんて馬鹿で愚か者で人間の屑なんだろうとそう思ってしまう。
でも、朝から由衣ちゃんに会えるなんて、俺は幸せな気分だった。
ホームに滑り込んだ電車が完全に動きを止め、開いたドアから車両を出る。
冷たい刺すような空気が辺りを包み、それでいて温かいのは、隣りにいる彼女のおかげだろう。
人気の少ない階段を昇り、ようやく心の落ち着いてきた俺は、
英語やばいだとか、数学は余裕だとか、
はたまた試験終わったらすぐサッカーの試合なんだ、とか、
そんなつまらない話を由衣は笑って聞いてくれる。
それだけで幸せな気分になった俺は、もう今死んでも悔いはないとさえ思えた。

今日は、それが引き金だった。

“じゃあ、死ねよ”

低い、鋭い声が脳裏に響いた。

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