オリオニア(17)


数日後、冬休みに突入して二人はようやく初デートの日を迎えた。
ただし、二人きりではなく太一、香苗たちも一緒なのだけれど。
いわゆるダブルデートって奴だ。
まぁ、二人が信也たちのことを心配してダブルデートを組んでくれたのだろうが、
さすがにおせっかいが過ぎる気がしなくもない。
現に由美とは付き合う前に二人きりで水族館にも行ったことがある訳だし。
っと香苗に言うと、「付き合う前と後じゃプレッシャーが違うのよ!」と説教された。
経験者は語る、ではないけれど、実際付き合っている奴に言われると、妙に説得力がある。
そのため思わずダブルデートの申し出に了承してしまい、今に至ると言う訳だ。
とは言え、今時こんな友人思いな奴なんてそうそういないので、
信也は二人の好意を前向きに受け取ろうと思うようにした。
「で、その肝心のあいつらは、いつになったら来るんだ?」
信也が携帯の時計表示を見つめながら尋ねた。
「って言うか、待ち合わせの時間まで、あと二十分近くあるし」
由美がなだめるようにそう囁いた。
「まぁ……早く来すぎたみたいだな」
「……うん」
会話が止まる。
やばい。
なんか話さないと、なんて思うと、なかなか話題が出て来ない。
香苗の言う「プレッシャー」とやらを知らず知らずのうちに抱え込んでしまっているらしい。
意外と緊張する。
心臓がドキドキする。
普段制服姿は見慣れていた由美が、私服で横に立っている。
由美の私服姿は信也の星見スポットである大野山で会う度に見掛けていたはずなのに、
それでも真新しい感じがした。
灰色のシャツの上から、黒のカーディガンを纏い、
黒っぽいヒラヒラのスカートをはいている。
完全に外向きの服装だ。
──可愛い。
「似合ってるね、その服装」
「そ、そう?」
信也の緊張が伝わったのか、由美の表情が妙に強張っていた。
それが何だかおかしくて、肩の力が抜けたような気がした。
「マジで似合ってるよ。何処で買ったの?」
「ら……ライトオン」
っと、少し恥ずかしそうに由美。
その様子を見て信也が小さく笑うと、由美がムッとして言った。
「な、なんで笑うのよ。まだ高校生だし、高い服なんて買えないし」
「いや、そうじゃなくて」
信也が慌てて弁解すると、由美はプーッと頬を膨らませて信也を睨み付けた。
「そうじゃなくて、何よ」
「いやさ、実はこのトレーナーも、ライトオンで買った奴だったりするんだけど」
自分の着ている服を胸の所でハタハタとさせながら信也が言った。
「……ライトオン猿渡店?」
「そう、そこそこ」
信也の返答に、由美もやっとこさ笑みを浮かべる。
さっきまで硬かった由美の表情がようやく和らいだので、信也はホッと胸を撫で下ろした。
「もうすぐ、今年も終わりだな」
白く立ち上ぼる吐息を確認するようにしながら、信也が呟く。
駅前の交差点の歩行者用信号機がチカチカと点滅を始めた。
あくせくと渡っていくサラリーマンを見ていると、
普段と変わらない光景であるはずなのに、師走なんだなぁ、と思わされてしまう。
「その前に、クリスマスとか」
「クリスマスは、二人きりで何処か行こうな」
「……そうだね」
青信号になって動き出したトラックが、
モクモクと黒い煙を吐き出しながら遠く市街地の方へ走り去って行く。
冷たい空気がビュッと強く吹いて、信也は思わず首をすくめた。
身震いをして、吐き出した息の白さに冬を感じる。
年の瀬は、身に染みて分かるような気もした。
信也は、雲行きの怪しい空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「来年の今頃は、受験勉強で忙しいんだろうなぁ」
「……」
返事がないのが気になって、信也は由美の方へ視線を戻した。
由美は、赤いレンガ模様の地面をただただ見つめていた。
「……どうかした?」
「来年の今頃は……私たち、どうなってるのかな」
不安そうに由美が言うので、信也はわざと明るく振る舞いながら答えた。
「おいおい、今からそんな心配かよ」
「そんなんじゃ、ないの」
俯いたまま、由美が力強く言い放った。
信也は何か得体の知れない真剣さを感じ取って、
じっと押し黙ったまま由美が口を開くのを待った。
由美は、何かを信也に隠している。
隠し事がある。
何かは分からないが、それだけは確かだろうと信也は思った。
最近、由美が突然寂しそうな表情を見せていたことに、
信也は今さらになって気が付いた。
気にはなっていたのだが、深くは考えていなかった。
今は、ただそれを後悔している。
由美は、何やら深刻な悩みを抱え込んでいるらしかったからだ。
「私ね……信也君に言わなきゃいけないことがあるの」
ようやく由美が口を開く。
信也は、由美を急かさないようにと、静かに頷いてみせた。
「私ね……」
言いにくそうに、由美が口を噤む。
しばらく、嫌な感じの沈黙が続いた。
信号が、また点滅を始め、車が動きだし、赤になり、また点滅して──を繰り返した。
あまりに沈黙が長いので、不安になって由美の顔を覗き込む。
──目を疑った。
由美が涙を流している。
泣いているのだ。
「由美……?」
「……ごめん」
慌てて涙を拭いながら、由美は無理矢理に笑顔を浮かべた。
笑えない。
全然、笑えない。
「……どうしたんだよ」
「……ごめん、今日は、もう帰るね」
目を真っ赤にさせながら由美が囁いた。
信也は何が何だか分からなくなって、
ただ由美の後ろ姿を無言で見送ることしか出来なかった。
そして、タイミングの悪いことに、すれ違いで太一と香苗の二人が現われた。
「ごめんごめん、待った?」
何も知らない香苗が、明るい口調で言った。
信也は、レンガ模様を見つめたまま苛立つように答えた。
「……遅ぇよ」
「遅いって言っても、時間ギリギリだし、セーフ」
「あれ、信也、倉橋さんは?」
太一が気付いて、何気なくそう尋ねる。
信也は、軽い気持ちで太一がそう尋ねたことに苛立ちながらも、
それを悟られないように穏やかな口調で答えた。
「ちょっとな、急用だって」
「……急用?」
ポカンと口を開ける太一を余所に、
何かを察したらしい香苗が信也の顔を心配そうに見つめていた。
「何か、あったの?」
「いや、ほんと急用だってさ、という訳で、俺、帰るよ、ごめんな」
苦笑いを見せて、二人の顔を一瞥してから、踵を返して猿渡駅の方へ歩いて行く。
この界隈一番栄えた猿渡の街に取り残された形になった二人は、
困り果てたようにお互いに見つめあった。
駅へ向かった信也はと言えば、券売機の側まで来るとゆっくりと後ろを振り返った。
歩行者用信号機が、今日何度目かの点滅を始めていた。
制服姿の見知らぬ女子高生が、慌てて横断歩道を渡るのが見える。
すぐ横の幹線道路を走って行く自動車が、黒い排気ガスを撒き散らしていた。

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