オリオニア(13)
「ねぇ、話って何よ」
部屋の外に連れ出された梓が、不満そうに言った。
三人分のジュースを買ってくるという口実で由美を部屋に置いて、
香苗と梓の二人だけで部屋を出てきたのだ。
「あ、バレてた?ジュース買いに行くの口実だって」
「昨日新幹線の中で、私には後で話す、って言ってたことが、少し気になってたからさ」
「そっか、じゃぁ、簡単に言うけど」
「うん」
部屋を出て突き当たりにあったエレベーターに乗り込むと、梓が一階のボタンを押した。
ゆっくりと、エレベーターが動き始める。
「まぁ、おせっかいかもしれないんだけどさ」
「何よ、早く言って」
「由美ちゃんがねぇ、好きな人いるみたいなのよ」
「え、本当に?」
「うん、まぁ、推論だけどね」
「それで?」
「だから、由美がその人と付き合えるように、
私たちで後押ししてあげたいなぁ、って思って」
「恋のキューピッド気取り?」
「別に、そんなんじゃないけど、やっぱり、
友達の恋愛がうまく言ってくれたら、嬉しいじゃない?」
一階に着いて、ゴッと鈍い音を立てながらエレベーターのドアが開く。
梓が開くボタンを押すのを見て、香苗が先にエレベーターから降りると、
梓もそれを見届けてからエレベーターの外へ出た。
ロビー横の売店には、同じ学校の生徒が、数人たむろしている。
香苗たちのように、ジュースなどを買いに来ているのだろう。
「それは、香苗ちゃんには彼氏がいて、余裕があるから言えることなんじゃないの?」
「……嫌?」
「ううん、ゆーちゃんは、私の親友だし、もちろん喜んで協力してあげたいけどさ」
「そっか、じゃぁ話が早いね」
「で、ゆーちゃんの好きな人って、誰なの?」
「誰だと思う?」
「沢田君?」
「まさか」
「じゃぁ、誰?」
「村上君よ」
「え……本当に?」
「本人から聞いた訳じゃないけど、間違いないと思うよ」
「……なんで?」
「女の勘って奴?」
「何だ」
売店横の自販機に百円玉を入れながら、呆れたように梓が言った。
「何だってなによ」
ガコンッと落ちてきたコーラの缶を手にとって、香苗が不満そうに言う。
「いや、何でもない」
「へ?」
梓の言いたいことがいまいち理解できず、香苗は首を傾げた。
「とにかく、協力してあげれば良いんだよね」
「まぁ、そういうこと」
「そっか……分かった」
「よろしくね」
「任せといて」
梓はそう答えると、香苗に向かって小さく笑ってみせた。
修学旅行も終盤に差し掛かる三日目、10月28日。
寺巡りを追えたバスは、市街地の商店街へ向けてゆっくりと走り始めていた。
「はぁ、やっと終わったなぁ」
「お疲れ様」
通路を隔てて隣りの席に座る由美が言った。
「それは、お互い様だろ」
「私は別に楽しかったもん」
「そりゃあ、何度も村上君と二人きりにしてもらえたらねぇ」
流れる景色を眺めながら、 由美の向こう側に座る梓が呟いた。
「え、あっちゃん、何か言った?」
「んにゃ、別にー」
「俺はバス酔いのせいで楽しくねぇ……」
信也の後ろ側から、突然息絶えそうな声があがる。
驚いて振り返ると、道大はまるで死人のように座席に寄り掛かっていた。
「おかげで静かだから、バス内は平和だよ」
「ひでぇな……ちくしょう……」
冷たい信也に道大は怒りを露わにする。
が、その姿はなんとも言えず惨めだった。
不意にバスが大きく揺れた。それに合わせて道大が呻き声をあげる。
これはもう、本当にご愁傷様だとしか言い様がない。
「香苗ちゃんは楽しそうで良いよねー」
気だるそうに梓が言う。
香苗は、由美、梓二人の真ん前の座席で、太一と一緒に腰を下ろしていた。
さっきから仲むつまじそうにイチャついているのが梓には気に入らないらしい。
「な、なんなら俺が……」
死力を尽くして道大が囁いた。
こんな体調でもそんな冗談を忘れないところは、ある意味尊敬に値する。
しかし梓はそれに答えることすらせずに窓の外を眺めていた。
「本当、お気の毒様だ」
信也が呟くのを聞いて、由美が小さく笑った。
そして、座席から身を乗り出して、道大の顔を覗きこんだ。
「大丈夫、沢田君」
あまりに可哀想だからか、由美が優しく声をかけてやる。
「ふえぇぇ」
それに道大は情けない声で答えた。
「まぁ、おとなしく寝とけ」
道大は無言で頷いた。
「次、商店街でお土産だよね?」
話題を変えて、由美が切り出した。
「あぁ、だろ」
バスは、市街地に差し掛かってきたところらしく道はだいぶ混み合っていて、
さっきから進んだり止まったりを繰り返していた。
「お土産かぁ……何買おうかな」
「定番なら、生八ツ橋とかじゃない?」
梓が、不意に話に割り込んできて言った。
「お茶菓子、だっけ?」
「うん」
「俺も中学ん時に買ったなぁ、それ」
昔を懐かしむ老人のように信也が呟いた。
由美はそれに小さく笑ってから尋ねる。
「おいしかった?」
「んー、甘いもん苦手だからあれだったけど、おいしかったとは思うよ」
「ふうん、そっか。どうしようかなぁ」
不意に、ガコッとマイクの電源が入る音が聞こえた。
バスガイドの女の人が前に立ったのを見て、信也は、もうすぐ商店街に着くんだな、ということを悟った。
酔った道大だけをバスに残して、五人はバスを降りた。
交通事情により商店街から少し離れた位置にバスは止められたらしい。
15分ほど歩くと、目当ての商店街が見えた。
「じゃあ、私たち二人で回って来ますからー」
香苗がニコニコと意味あり気な笑みを浮かべながら言った。
「変なことすんなよ、太一」
「うるせぇ、しねぇよ」
「お前本当馬鹿だから、俺は心配だよ」
「黙ってろ、だいたい俺たちはお前のために……」
言いかけて、太一は慌てて口を噤んだ。
「は?俺が何?」
「な、なんでもねぇ、行こうぜ」
「ば、ばか、もう」
「悪い」
「あんたは本当注意力散漫なんだから、もう」
「だから悪ぃ、って」
小声で何かを囁きあいながら、二人が逃げるように去って行くと、
商店街の入り口に三人が取り残された形になってしまった。
「とりあえず、俺たちも行きますか」
「あ、そうだね」
少し嬉しそうに微笑みながら由美が頷いた。
商店街の中に入ると、いかにも若者の店、といった感じの店がいくつも並んでいた。
──普通に考えて、こんなところでお土産を買わせようとした教師陣の考えが分からない。
はっきり言って、お土産以外の物を買って帰る奴の方が多いような気がしたからだ。
例えば、あの服可愛いねー、とか言って服を買おうとする奴がいたりだとか。
「うわ、ねぇ、あの服可愛くない?」
──ほら見ろ。
「ちょっと、あっちゃん、服買いに来たんじゃないんだから」
苦笑いを浮かべながら由美が注意を促した。
「ちょっとくらい良いじゃん、ほら、ゆーちゃんも」
「え、あ、ちょっと……」
無理やり由美を引っ張って、梓は洋服屋の店内へ消えて行った。
──どうやら俺一人取り残されてしまったらしい。
ったく、うちの班の奴らはどいつもこいつも自分勝手な奴ばかりだ。
まぁ、一番自分勝手な道大が車酔いで
ダウンしてくれているおかげで幾分かマシではあるが。
これであいつがいたら、きっともっと大変だったはずだ。
とりあえず仕方がないので、信也は店から二人が出て来るのを待つことにした。
そう思ってふと後ろを振り返ると、ちょうど土産物屋が目に飛び込んできた。
ただ待つのも暇だしな、なんて考えながら、信也はその店の中へと入っていく。
いらっしゃいませ、と気の良さそうなおばちゃんが店の奥から出てきた。
店内は薄暗く、狭苦しかった。
「修学旅行生ですか?」
まだ商品もろくに見ないうちに、店員のおばちゃんがニッコリと微笑みながら尋ねた。
「あ、はい」
「何処から来はったん?」
「関東の方からです」
「あぁ、遠かったでしょ?」
「そう……ですね」
苦笑いで信也は答える。
会話が止まったので、信也は近くにあった売り物に目をやった。
なんだか趣味の悪いキーホルダーばかりがたくさん並べられていた。
「一人?」
「あ、友達が向かいの服屋に入っていっちゃったんで」
「あぁ、そう……あ、そのキーホルダー、人気やねんよ」
信也の視線の先にあった一つの携帯ストラップを指差しながらおばちゃんが言った。
なんだかよく分からないが、星やらハート型やらの飾りがたくさんついていて、
“KYOTO”のロゴが入った板がついていた。
「そうなんですか?」
「女の子にあげたら喜ばはんで」
「あ、はぁ……」
言われるがままに、そのストラップを手に取ってみる。
他のストラップやキーホルダーと比べたら、確かにマシなデザインだったような気がした。
──女の子に、ねぇ。
その時の信也は、いつのまにか由美のことを考えていた自分にまだ気付いてはいなかった。
「あっ、ごめん、もしかしてずっと待ってた?」
服屋から出て来た梓が、店の入口に立っていた信也を見て申し訳なさそうに言った。
「いや、そこの土産物屋覗いたりしてたし」
「そっか、でもごめんね、つい洋服に目が眩んじゃって……」
そう言って梓は気まずそうに笑った。
「倉橋さんは?」
「あれ、先に出て来たんじゃないの?」
「いや、見てないけど」
信也は少し考えてから、思い出したように続けた。
「土産物屋を覗いてる間にすれ違ったかな……」
「えっ……じゃあ、あの子、今一人?」
「……探し行くか」
「うん」
梓は小さく笑いながら頷いた。
「ったく、世話のかかる奴だな、あいつは」
面倒臭そうに信也が言うと、梓はぎこちなく笑った。
彼女の笑みに何か違和感を覚えたが、信也はあえてそのことには触れなかった。
商店街の中腹辺りに、小さな池のある広場があった。
数人が石の椅子に腰を下ろしている。
同じ高校の制服を着た奴等も数人座っていたが、由美の姿はそこにはなかった。
「ねぇ……」
不意に梓が切り出した。
「ん?」
「村上君って、ゆーちゃんのことどう思ってるの?」
突然のことで信也は驚いて梓の方を振り返る。
梓は、唇を噛み締めながら地面の色鮮やかなタイルを見つめていた。
「……どういう意味?」
少し間が空いて、梓が信也を見上げた。
心なしか、瞳が少し濡れているような気がしてならなかった。
「村上君は……ゆーちゃんのこと……」
「あっ、見つけた!」
背後から声が聞こえて、強制的に会話は中断させられた。
由美の声だった。
「良かったー、ごめん、迷子なってた」
二人の元へ駆け寄って来た由美が、苦笑いを浮かべながら言った。
それから少し安心したように溜め息をつく。
「勝手に歩き回るからだろ」
「だ、だって、服屋から出て来たら村上君いないんだもん」
「向井さんと一緒に居とけば良かっただろうが」
「京都に服買いに来た訳じゃないじゃん」
「あー、まぁ、確かに、それは正論なんだけどさ」
言って、梓の方に視線を移した。梓は、広場の池の方をじっと眺めていた。
「どうかした?」
尋ねると、梓は急に我に返ったようにしながら信也を見た。
「あ、いや、とりあえず、ゆーちゃん見つかって安心だよ」
そう言って笑ってみせる梓の目が、笑っていないことに信也は気付いていた。
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