オリオニア(12)
10月26日。
修学旅行の行き先である、京都へ向かう新幹線の中で、
信也は同じ班の6人でトランプをして遊んでいた。
シンプルに、ババ抜き。最後は、信也と太一の一騎打ちとなった。
「へっへーん、ババはどっちかな?」
得意気に太一が二枚のトランプを裏向けて差し出す。
どちらかが信也の持っているのと同じジャックで、どちらかがジョーカーだ。
──負けてたまるかよ。
っと、信也は、太一が左側のカードの方をチラチラと何度も盗み見ていることに気がついた。
なるほど、左がジョーカーか。
「こっち」
信也は、向かって右側のカードを取る。
「あ、そっちはあかん!」
「馬鹿、ってかなんで関西弁なんだよ、ほら、貸せ」
無理やり右側のカードを奪い取ると、それは案の定スペードのジャックだった。
「くっそ、なんでバレた」
「お前、目が泳ぎすぎなんだよ、馬鹿」
「あっはっは、おもしろーい」
二人のやりとりを見て、向かい側三人席の通路側に座っていた由美が、笑い始める。
これから修学旅行だから、テンションが上がっているのだろうか。
由美の隣の席の香苗と梓の二人も、気がつけば笑っていた。
「太一って、本当わかりやすいよな、俺も分かったもん」
口を挟んだのは、太一の向こう側に座っていた沢田道大だ。
「お前は俺の背後からカード見えてただろうが」
「いや、見えてなくても分かるよ」
小さく笑いながら、道大が言った。
「道大まで俺を……」
「はいはい、落ち込まないの、沢田君も村上君も、いじめない」
「あれ、香苗ちゃん、珍しいね、いつもなら一緒になっていじめてるのに」
「やっぱりあれ、修学旅行効果ですか?」
由美と梓に両隣から責められて、香苗は少し恥ずかしそうに、
「あぁ、もう、はい、大森君、トランプ配って」
と大声を出してごまかした。
そんな様子を見ていると、なんだかんだ言いながら香苗は太一のことが好きなんだろうな、と思う。
そうじゃなきゃ、こんな馬鹿の男と、付き合おうとするはずなんてない。
馬鹿だけど、根が良い奴なのは確かだしな。
馬鹿だけど。
「次は負けねぇからな」
「馬鹿は勝てねぇよ」
「うっせぇ、お前は人のこと馬鹿にしすぎなんだよ」
トランプを裏向きに配りながら、太一が言った。
「悔しかったら勝ってみろよ」
「言われなくても勝つぜ」
しばらくして名古屋駅を過ぎた辺りで、ババ抜きには飽きてみんなで談笑を始めていた。
「にしても、お前、結局全敗だったな」
「うるせぇ……ほっといてくれ」
なんだか、すごい落ち込んでやがる。
さすがにいじめすぎたか。
ちょっと哀れになってきた。
「みんなは中学の時の修学旅行って、何処だったの?」
話題を変えてそう切り出したのは、由美だ。
相変わらず、太一がへこんでようがどうだろうが、容赦のない奴だ。
「京都だったな、中学も」
信也が答えると、太一が続けた。
「俺んとこは北海道だった」
「あれ、大森君と村上君って、中学同じじゃないの?」
「違うよ」
「そうなの?なんだか、一年の時から凄く仲良かったから、
てっきり同じ中学の人なんだと思ってた」
「大森君と同じ中学なのは私だよ」
横から、香苗が口を挟む。
「へぇ、知らなかった。あ、そういや、
二人とも、私たちと学校から電車逆方向だったもんね」
「で、こいつ、松本さんと同じ高校行きたいからって、
サッカーで推薦来てたのにそれ蹴ったんだぜ」
「あ、馬鹿、道大、それを言うな」
「え、そうだったの?」
香苗が、驚いたように言った。
どうやら、そういう話は香苗にはしていなかったらしい。
まぁ、確かに、こいつの性格上、そんなこと恥ずかしくて言えないだろうけど。
“お前が好きだったから鳥ヶ浜高校受けたんだぜ”
──いや、そんなこと、俺だって恥ずかしくて言えない。
「……推薦来てた高校、他県の学校だったから、行きたくなかっただけだよ」
「ふうん」
頷きながら、香苗はなんだか嬉しそうだった。
「それで、中学三年の時、勉強頑張ってたんだ」
「……まぁ、うん」
「へぇー、単純な人」
「う、うるせぇ」
「ってか、なーにニヤついてんの、香苗ちゃん」
「良いねー、青春してて」
「ば、馬鹿言わないでよ」
「あーぁ、私も彼氏欲しいなー」
「なんなら俺がなってやろうか?」
道大が、梓に向かって言った。
「えぇー、ヤダ」
「ぐはっ、はっきり言うねぇ……」
「どっちかと言うと、村上君の方が良い」
「……何を企んでる?」
「うわっ、失礼な人、何にも企んでないわよ」
「由美ちゃんも、村上君の方がタイプでしょ?」
香苗が、由美にそんな風に話をふった。
「え、えぇ?わ、わたしは……」
「お、倉橋さんは俺の方が好み?」
道大が、図々しく体を乗り出してたずねる。
こいつ、恋愛に飢えてるのか?
「えっと、あ、うん、そう、かなぁ、あはは」
なんだか、由美の笑顔がぎこちないような気がした。
この手の話は苦手なんだろうか。
かくいう信也も、そういう話はあんまり得意ではないけれど。
「よっしゃー、じゃぁ、俺と付き……痛ぇ」
太一が、道大の頬をつねった。
──マジで痛そうだ。
「同じサッカー部のキャプテンとして、俺が許さん」
「な、何でだよ、痛ぇなぁ」
すると、太一は道大になにやら小さく耳打ちを始めた。
「松本にこのあいだ聞いた話なんだけど、倉橋、信也のこと好きらしいぜ」
「えぇー、なんでまた、痛ぇ」
「大声出すな、で、俺たちに協力しろ、だってさ」
「面倒臭ぇなぁ、痛い、痛い、はい、分かりました、協力します」
「分かれば良い」
「あの、さっきから何コソコソ話してるの?」
信也の向かいの梓が、少し機嫌悪そうに言った。
目の前でコソコソ話をされるのが、どうやら好きではないらしい。
「何でも無ぇよ」
「梓には、後で私が教えてあげる」
「え?」
『まもなく、京都に、着きます』
不意に流れたアナウンスに、車内がざわつき始めた。
そのアナウンスに、信也たちの会話も中断せざるを得なくなった。
ようやく、着くのか。
二時間ほどとは言え、結構長かった。
「何やってんだよ?」
旅館の窓から空を見上げていた信也を不思議に思ったのか、太一が言う。
「別に、何でもねぇよ」
「外の景色なんてじっと見て、なんか見えるのか?」
「だから、何でもねぇって」
「あっは、分かった、女風呂だろ、俺にも見せろ」
荷物をいじっていた道大が興奮気味に言って窓の方へ走ってくると、
信也を無理やり押しのけて窓の外に顔を突っ込む。
それに呆れた信也は、横の壁にもたれ掛りながらしゃがみ込んだ。
「太一、明日何処行くのか覚えてる?」
「明日は、確か、夕方から商店街がどうとか」
「商店街?」
「土産物屋があるんだと」
「へぇ、それで?」
「えっと……ちょっと待て」
太一は、押入れに無造作に突っ込まれた鞄の山から自分の鞄を見つけ出すと、
その中からくしゃくしゃになった修学旅行のしおりを取り出した。
「その後、京都タワー行って夜景眺めるらしい」
「そんだけ?」
「いや、商店街の前に普通に寺とか神社とか巡るみたいだけど」
「ふうん」
「おい、信也、女湯は何処なんだよ?」
必死に目を凝らしながら窓の外を眺めながら、道大が言った。
こいつ、まだ探してたのか。
──無視してやる。
「寺とか神社とか、どうせ中学ん時と同じだから、
俺としては勘弁してくれ、って感じだけどな」
「でも、今日奈良で、ほら、世界最古の……」
「おい、信也、女湯は?」
──うるせぇ、道大。
「あぁ?あんなの、中学ん時に見たよ、ったく、
ガキみたいにはしゃぎやがって、マジ恥ずかしかったぞ」
「え、女湯を?中学ん時に?」
──黙れ、道大。女湯から離れろ。
「別に良いだろ、そんぐらい、つか、そんなはしゃいでねぇよ」
太一も、道大の馬鹿な発言を無視すると決め込んでいるのか、
気にする様子もなく信也の発言に答える。
「だいたい、あんなもん見て何が楽しいんだよ、お前はジジイか」
「いや、そりゃぁ楽しいだろ」
──だから、道大は黙ってろ。
「俺はお前と違って日本史が好きなんだよ」
「日本史?あれ?何の話?」
「なぁ、道大、お前黙っててくれないか?」
「なんでだよ、ひでぇなぁ」
「お前が横から口挟むと会話が進まねぇ」
「ちぇっ、ロマンのない奴だなぁ」
「お前の場合はただの変態だ、馬鹿」
「あ、ひでぇ」
「で、日本史が何だって?」
「だから、俺はお前と違って日本史が好きなんだ、って言ったんだよ」
「あぁ、そういや、お前馬鹿のくせに日本史だけはよく出来たよな」
「一言余計だっつうの」
「でも、日本史好きだったら、寺見て楽しかったりするのか?」
「いや、それは人によるだろうけどな。
でも、お前は自分の好きな物見られたら、嬉しくないのかよ」
「そうだなぁ……」
確かに、信也にしてみれば、夜空を眺めているだけで十分に楽しかった。
だから、寺を見て楽しむ奴がいたって、それはそれで良いのかもしれない。
「そうかもな」
「だろ?」
「でも、俺はやっぱり寺よりもおん……痛ぇ」
不意に太一が投げた枕が、道大の顔面にクリーンヒット。
「お前はもっと他のことにも興味持て」
「やりやがったな、この」
「おっと、何処狙ってやがる」
「痛っ、くっそ」
そんなこんなで、道大と太一が枕投げをやり始めた。
馬鹿二人には付き合っていられないので、信也はそそくさと窓際に移動して、空を見上げる。
秋の空は、ただでさえあまり目立つ星はないのだが、
この旅館が京都の街中にあるせいか、ほとんどただの闇にしか見えなかった。
「やっぱ、夜空は大野山の空が一番だな」
「んあ?なんか言ったか?」
枕投げに必死になりながら、太一が尋ねた。
「いや、何でも」
信也は小さく笑いながらそう答えると、ゆっくりと窓を閉める。
その時、スッと入り込んできた冷たい風が、もう夏が遠のいたのだということを教えていた。
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