オリオニア(11)
ドンドン──。
部屋をノックする音で、由美は我に返った。
ベッドに上半身だけ起こしたままの状態でかなり長い間物思いに耽っていたらしい。
「姉ちゃん、早く起きろよ」
ドアの向こうの方で声がする。
弟の光弘の声だ。
「もう起きてるわよ」
「だったら、さっさと降りて来てくれよ、
母ちゃんがうっせぇんだよ、俺に起こして来いって」
「あぁ、はいはい、ごめんごめん、今行くから」
そうだ、忘れていた。
今日は、九月一日。昨日で夏休みは終わったんだ。
すなわち、それはみんなとまた毎日顔を合わせることが出来るということ。
もちろん、信也とも。
由美は慌ててベッドから起き上がると、
壁にぶら下がっている制服を取ってベッドの上に置いた。
この制服を着るのも、登校日以来のことだ。
そして、信也と会うのも、登校日以来だった。
夏休みは終わってしまったというのに、なんだかワクワクする。
こんな気持ちは、多分生まれて初めてじゃないだろうか。
ふと、窓のカーテンが閉めっぱなしなのに気付いて、
思い出したようにそれを開け放つ。
朝とは言えまだ夏の暑い日差しが空高くから降り注いでいた。
「ゆーちゃん、おはよう」
昇降口で靴を履き替えていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、すぐ後ろに梓が立っていた。
「あっちゃん、おはよう」
「部活で毎日会ってたけど、ゆーちゃんの制服姿見ると、
なんだか凄く久しぶりな気がするよ」
「あー、確かに、それなんか分かるかも」
考えてみれば、お互いの制服姿を見るのは、終業式の日以来だった。
登校日の時は、梓と由美は違うクラスだからか、見掛けなかったけれど。
二年に上がる時のクラス替えで、別々のクラスになってしまったのだ。
「そういや、修学旅行の班決めって、今日なんだよね?」
梓が、脱いだ靴を靴箱に入れながら言った。
「え、そうだっけ?」
「登校日の時におハゲさんが言ってたでしょ?」
「……言ってたような、あ、うん、言ってた、かも」
「あれって、班のメンバー同じクラスじゃなくても良いらしいよ」
上履きを履き終えると、教室の方向かって歩き始めながら梓が続ける。
由美はそれに合わせて歩きながら、答えた。
「へぇ、そうなんだ」
答えながら、不意に信也の顔が浮かぶ。
まぁ、信也は同じクラスだから、別にそんなの関係ないけれど。
でも、香苗が違うクラスだったので、そういう点では良かったかもしれない。
香苗に頼んで同じ班にしてもらえば、香苗は必然的に太一と同じ班になるだろうし、
太一はおそらく信也と同じ班を組むだろうからだ。
「でさ、ゆーちゃん、一緒の班入ろうよ」
「え?あっちゃんと?」
「何、その嫌そうな顔」
少しムッとしながら梓が言うので、由美は慌てて笑顔を繕った。
「ううん、もちろん良いけど……」
「じゃぁ、その班に私も入れてよ」
階段を上ろうとしたところで、後ろから声がかかる。
香苗だった。
「あ、香苗ちゃん、おはよう」
「おはよう」
「おはよう、ねぇ、私も入れてよね」
「うん、私も香苗ちゃん誘おうと思ってたから」
梓がそう言ったのを聞いて、少し驚いた。
梓は、由美とはそこそこ仲が良いのだが、
香苗と二人で楽しく話をしている時をあまり見掛けた覚えがないからだ。
別に、仲が悪いという訳では全くないけれど。
「班って、何人まで?」
「基本男女各3人か4人ずつ、って言ってたと思うけど」
香苗が思い出しながら言う。
「じゃぁ、女子はこの3人で良いんじゃないの?」
「男の子は?」
「そりゃぁ、大森君は決まりでしょ」
梓が少し意地悪そうに言った。
「うるさいわねぇ、とりあえず、大森君に昨日メールで聞いたら、
多分沢田君と村上君と三人で班組むって言ってたから、その6人になるんじゃないかな」
「沢田君って、私のクラスの?」
階段を上りきって、二年一組、香苗のクラスの前に着いたところで、
まだ話が終わらなかったので、その場で立ち話を続ける。
「梓のクラスだっけ、忘れたけど、サッカー部の沢田道大君」
「その人だったら、私のクラスだよ、うん。
あ、そうそう、聞いた話なんだけどさー」
「何々?」
「京都タワーで告白したら、なんかうまくいくらしいよ」
「何そのうそ臭い話、誰から聞いたの?」
とか言いながら、香苗は興味深々そうだった。
──って、香苗には彼氏がいるんじゃないのだろうか。
「先輩から」
「先輩って、もしかして町田先輩?」
「あ、さすがゆーちゃん、するどいねー」
するどい、というか、当然だ。
バレー部の先輩でそんなことを言いそうなのは、彼女しかいない。
「うわっ、それって、信憑性低っ」
「まぁ、香苗ちゃんには関係ないよねぇ、彼氏居るしねー」
「あー、はいはい、分かったから」
そう答えてから香苗はチラッと由美の方を見た。
そして、小さく笑ってみせた。
「な、何?」
「いや、別にー」
「ちょっと、言ってよ」
そんな言い合いをしていると、不意にチャイムが鳴った。
「という訳で、それじゃぁ、また後で」
逃げるように、香苗は一組の教室へ入っていく。
「あ、ちょっと、ねぇ、もう」
少し不貞腐れて言う由美をよそに、
梓は何か面白そうにクスクスと笑い始めた。
「あっちゃんまで、何?」
「いや、なんか、ゆーちゃんが怒ってる時って可愛いよねー」
「うるさいなぁ、もう、早くしないと先生来ちゃうから、私行くよ」
「あぁ、もう、ごめんごめん」
苦笑いを浮かべて謝りながら、梓は由美の後を追いかけた。
なんだか、本当に不愉快だ。
でも、そういうやり取りも、なんだか楽しかった。
もちろん、あまり良い気はしないけれど。
梓が三組の教室に入っていくのを見届けてから、
由美は一番端の四組の教室の扉を開けた。
まだ先生は来ていなかったことに安心しながら、
由美はいそいそと自分の席に荷物を下ろす。
一番後ろの席を見てみると、信也が面倒くさそうに座っていた。
いつも通りの彼の姿に、思わず由美は小さな笑みを浮かべた。
次へ
戻る