オリオニア(9)
太一の体に隠れて見えないが、その背後からまた誰かの声。
全く、次から次へと、今度は誰だ?
そう思って太一の後ろ側を見やる。
「あ、倉橋……さん」
「今日、サボりだったんじゃないの?」
「いや、そのつもりだったけど、この馬鹿がCD貸せとか言いやがるから」
「誰が馬鹿じゃい」
──とりあえず、構うのが面倒なので太一の発言はスルー。
「あ、そうそう、これ」
おっと、由美まで太一をスルーとは。やるな、お主。
「はい、これ」
何やら鞄から取り出されたのは、修学旅行のしおりだった。
「村上君の分も貰ってきといたんだ」
「あぁ、そうなんだ、サンキュ」
「村上君の分も……?」
二人のやり取りを見て、香苗が小さく呟いた。
「え?香苗ちゃん、何か言った?」
「あ、いや、もし村上君が今日学校に来なかったら、由美ちゃん
それ村上君の家まで届けてあげるつもりだったのかなぁ、とか」
「え、あ、いや、それは……」
「こいつの家、すぐ近くなんだ、実は」
何故かしどろもどろする由美の代わりに、信也が答えた。
「へぇ……ふうん」
何かを思いついたかのように、香苗はニヤニヤと笑みを浮かべた。
──ひょっとして、何かまずいことでも言っただろうか。
「ねぇねぇ、私も由美ちゃんもバレー部練習ないし、大森君のサッカー部も
練習ないせっかくの機会だしさ、四人でカラオケとか行かない?」
突然そう切り出したのは、香苗だった。
カラオケか──別に悪くも無いけれど。
ただ、さっきの香苗の感じからして、何かを企んでいるような気がしてならない。
まぁ、別に特別行きたくない理由なんて無いけれど。
逆に、わざわざ遠く学校まで出てきたのだから、
いっそのこと遊びに出かけた方がここまでやって来た意味もある気はする。
「俺は……別に良いけど……」
「良いけど、何?」
太一が何だか少し嫌そうな返答をしたので、香苗が尋ねた。
すると、太一は何やら香苗に耳打ちを始める。
「できれば二人きりの方がって、痛っ」
「それじゃ意味ないじゃない」
「肘討ちするなよ……痛ぇ……意味ないって何がだよ?」
「お友達の幸せ願ってやろうって気は、大森君には無いの?」
「どういう意味だよ」
「あの、何の話をしてるの?」
さっきからコソコソと二人で囁き合っている太一と香苗を不思議に思い、由美が聞いた。
まぁ、さっき太一が肘討ちを喰らっていたところをみると、
どうせまた太一が馬鹿なことを言ったんだろうけどな、っと信也は思った。
「え、いや、別に何でもないよ、で、どう、行かない?」
「私も行っても良いけど……村上君は?」
「え?俺も別に暇だよ……っていうかさ、今日みんな部活無いの?」
「あぁ、バレー部もサッカー部も、練習時間午前なんだよ、今日」
肘討ちを喰らった腹部を痛そうに擦りながら答えた。
それに由美が付け足して言う。
「今日登校日なのは二年生だけで、一年生は普通に
部活動をやってるんだけど、その都合で午前練習が登校日の方と
重なっちゃったから、部活に出られなかった、っていう訳なの」
「なるほどね、そういうことか。」
「で、行くの?」
「あぁ、うん、行くよ」
信也の返答を聞いて、香苗がニーッと笑みを見せた。
本当にこの娘は一体何を企んでいるのだろうか。
まさか、自分が由美のことをどうだとか、思っているのだろうか。
それとも、由美の方が自分を──。まさか、ね。
「カラオケかぁ、そういや久しぶりだなぁ」
太一のその言葉に、信也の思考は強制的に終了させられる。
気がつけば三人とも校舎の外へ出ようとしていたので、信也も慌ててその後を追った。
それにしてもカラオケ、か。そういえば、信也自身もかなり久しぶりだ。
確か前に言ったのは──。
「俺は、一年の時に太一と道大あたりと行ったきりかな」
沢田道大は、太一と同じサッカー部員だ。
一年の時に同じクラスだったのだが、今はクラスが別々になったせいであまり交流はないけれど。
もちろん、部活の関係で太一と道大の方は交流はあるのだろうけれど。
「あ、俺も多分そうだ、うん」
「嘘言わないの、二年になってから四月に私と言ったでしょ、カラオケ」
ちょっと不機嫌そうに香苗が太一を睨みつけた。
「あ、あれ、そうだっけ……」
「忘れるとかひどーい」
冗談交じりな口調で言っているが、若干怒りの気配を感じる。
──やっぱり、太一は馬鹿だ。
「ご、ごめん、あ、あっはっは」
──そこで笑うなよ、馬鹿。
「そ、そういえば、みんなはカラオケでどんな曲を歌うの?」
由美もそんな気配を感じたのか、話を逸らそうとそんなことを言い出した。
由美の発言を助け舟と察して真っ先に飛び掛ったのは太一だった。
「お、俺は、ミスチルとかバンプとか」
「へぇー、私もその辺りの曲は結構良く聞くなぁ」
「あ、倉橋さん、覚悟しといた方が良いよ」
「え、何が?」
「こいつが歌うと、超音波が部屋中に飛び交うから」
「誰の歌声が超音波じゃい」
「お前だよ、お前」
「あはは、音痴ってこと?」
「まぁ、そういうことよ」
香苗が横から口を挟む。まだちょっと不機嫌らしい。
「は、はっきり言うなよ……お前ら」
「村上君は?どんな曲歌うの?」
ちょっと落ち込み気味の太一を見事にスルーして由美が尋ねてくる。
太一が少し気の毒だけれど、よくよく考えれば自業自得だから仕方がない。
「そうだなぁ、ジャイアントネズミとか」
真顔で答えたのに、その返答に由美は噴き出した。
いや、真顔で答えたから、笑われたのかもしれないが。
「ジャイアントネズミ?何それー」
由美がまだクスクスと笑いながら言った。
それにちょっと不機嫌そうに信也は答えた。
「ちゃんとした歌手だよ、今日太一にアルバムも貸したし」
「あ、さっき言ってたCDって、それなんだ、あはは」
まだ笑ってやがる。まぁ、慣れてはいるけれど。
太一に初めてジャイアントネズミの話をしたときも、かなり笑われたし。
「それって……もしかして、オリオンなんとかって歌を歌ってる人?」
「“オリオニア”、のことかな、そうだけど、って、あれ、松本さん知ってるの?」
「ううん、ちょっとだけね。確か、大森君が前カラオケで歌ってたから」
「あれ、俺、そんなの歌ったこ……」
「あぁー、なるほどね、はいはい」
太一の発言を慌てて遮って言う。
──この馬鹿、さっきと同じミスをまた犯すつもりかよ。
香苗とカラオケ行ったの忘れてて機嫌損ねたところだろうが。
「オリオニアって、オリオン座の歌なの?」
「まぁ、歌詞に一部入ってるけどね」
「ふうん、……さすが、村上君って感じの歌だね」
小さく笑いながら、由美が言う。
「どういう意味だよ」
「だって、村上君天体好きじゃん」
「あぁ、まぁ、関係は、あるかもな」
「へぇー」
ニヤニヤと笑いながら、香苗が頷いている。
「村上君、天体好きなんだぁ」
「な、なんだよ」
思わず間誤付きながら信也が尋ねた。
「別に、何でもないよ」
とか何とか言いながら、なんだか凄く上機嫌だ。
──絶対、何かを企んでいるに違いない。
「にしても、暑いなぁ」
「あ、お前が暑いとか言うせいで俺まで暑いの思いだしただろ、馬鹿」
ワシャワシャ、とクマゼミの声がうるさい。
真上を見上げれば太陽が眩しい光を放っていた。
「本当、この暑さだけはどうにかして欲しいよね」
後ろ髪を手でハラハラとさせながら、香苗が言った。
「カラオケ着いたら涼しいかなぁ」
「まぁ、冷房は効いてるだろ」
「もう後少しで着くから、それまで我慢だな」
「ってか、太一、お前終業式の日に温暖化食い止めとけって言っただろ」
「無茶言うなよ」
「あぁ、暑い、暑い、ねぇ、カラオケボックスまで走ろう」
「はぁ?走ったら余計暑いだろ」
香苗の提案に真っ先に反応したのは太一だ。
「もうすぐそこだし、そんなに汗かかないって。
それより、早く涼しいとこ行きたい、日に焼けちゃう」
「女の子には、深刻な話だな」
「そうそう、さっすが村上君、話が分かる、大森君とは大違い」
「わ、悪かったな」
「で、走るの?」
「走るよ」
「走るのか……」
「走りますか」
全員の意見が一致したところで、いや、太一はぶつくさ文句を言っていたけれど、
とにかく香苗が先陣を切って走りだした。
由美、信也もそれに続いた。
太一も、結局は後を追いかけてきて、アスファルトの上を四人分の足音がこだました。
ゆらゆらと立ち上る陽炎が、この夏の暑さを物語っている。
今年も、尋常じゃないほど暑い夏だ。
そんな中でも、四人の笑い声は、蝉の鳴き声に混じって辺りに響き渡る。
太陽は、すっかりと空の一番高い所まで上っていた。
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