ジョーカーと僕のカノジョ(2)
2007/10/28 公開
翌朝、僕は香苗に叩き起こされて目を覚ました。
私今日バイトだからね、と言われたので時計を見ると昼の二時だった。
寝過ぎたと思い、僕は頭を掻いた。
とりあえず起きて、僕は目覚めのシャワーを浴びようと浴室に向かった。
これはいつも思うことなのだが、このアパートは住みやすかった。
三部屋もあって、シャワーまであって、これで月額五万なら上的だった。
その代わり、アパートは物凄い山奥にあった。何処へ行くにも自転車が必須だった。
歩いて行ける場所と言えば、裏手にある老人ホームくらいだ。
僕はそんなことを考えながら浴室のドアを開けた。まだ床はしっとりと濡れていた。
サッパリして台所に向かうと、食卓にはスパゲティがあった。
ミートスパゲティだ。
そういや、シャンプー切れてたよ──
僕が言うと彼女は、買っとくね、と返事をした。
そして、そういや買い置きがなかったかと首を傾げた。
なかったと答えると、彼女は二、三あった気がするのにと不思議そうに空になったアルミ鍋を掻き回していた。
バイトの帰りに百均行かなきゃ、と呟いた。
香苗は、ロッテリアでバイトをしていた。
昨日は休みだったが、今日はバイトがある日だった。
そのロッテリアの近くに百円均一の店があった。僕らはそこでいつも生活用品を買っていた。
百均は貧しい者の味方だった。バイト暮らしの僕と香苗にとって、それはなくてはならない存在だった。
さ、食べよっか──
いつの間にやらサラダまで用意し終えた香苗が囁いた。
僕らは手を合わせて、声を揃えいただきますと言った。
ミートソースの味に満足しながら二人して台所を出ると、香苗がトランプをしようと言い出した。
ジョーカーがないから、七並べね──
僕は苦笑いを浮かべて頷いた。ところが、また問題が起こった。
トランプが足りなくなっていた。
調べてみると、ハートの3と6、スペードの3、ダイヤの6の四枚がなかった。
昨日は、あったよね?──
少なくとも一昨日はあったな──
七並べは、トランプを数字の順番に並べて行くゲームなので、カードが足りない時何が足りないのかすぐに把握出来た。
だから、もしカードが無ければ、一昨日の段階で気付いていたはずだった。
ということは、カードはつい最近になくなったことになる。
昨日ちゃんと片付けたの?──
僕は言葉に詰まった。
もしかしてと思いコタツの毛布をひっくり返して見るが、失くなったカードは見当たらなかった。
始末が悪いんだからと香苗が僕を責めた。
違うよと弁解してみたが無駄だった。
結局香苗はプンスカ怒りながらバイトに出掛けて行った。
僕はバイトの時間までトランプを探して回ったが骨折り損のくたびれ儲けだった。
次の日、僕が目を覚ますと、香苗はテレビを見ていた。
おはよう、と僕が言うと、香苗は笑顔でおはようを返した。
今日は早いのね──
いつもの場所であぐらをかき時計を見上げてみると、短針がまだ“10”の辺りを彷徨っていた。
そういう時もあるさ──
そうそう、新しいトランプを買って来たの──
香苗は思い出したように手を叩きながら、寝室の方へ行った。
しばらくして、紙のトランプを持った香苗が戻って来た。
昨日シャンプー買ったついでに百均で買ったの、と香苗は説明した。
箱には、ご丁寧に“ダイソー”という文字が印刷されていた。
僕はトランプを手渡されたので、それをシャカシャカと切り始めた。
今日は、スピードでもしようか──
珍しく僕から切り出すと、香苗は微笑みながら良いわよと頷いた。
十五回ほどやって僕が八勝七敗と勝ち越した。
負けず嫌いの香苗は、もう後二回だけと懇願した。僕は、そのようにした。
しばらくすると決着がついた。
結果は八勝九敗で僕の負け越しとなった。
もちろん、それは手を抜いての結果なのだけれど。
むしろ九敗のほとんどは僕がわざと負けたのだった。
香苗は、あまり動きが素早い方ではなかった。
ノロノロしているので、僕は簡単に勝てた。
あ、もうこんな時間──
上機嫌に香苗が言った。見ると、一時だった。
スピードのゲーム自体は十七回しかやっていないのに、随分時間を喰ったなと思った。
でも、僕としては納得だった。
トランプをやりながら、その実大半は世間話に時間を費やしていた。
昨日バイト先の店長のカツラが歪んでいて皆で笑うのを必死になって堪えていただとか、
マクドナルドと勘違いしたのかスマイルを注文する客がいてウザかっただとか、
本当か嘘か分からない話を香苗は楽しそうに話してくれた。
勝負の途中でも時々話に夢中になるものだから、どうしても香苗はカードを出すのが遅くなった。
これなら話をしているのかトランプをしているのか分からない。
でも、僕は不思議とこの時間が大好きだった。
いや、それは不思議でもなんでもなくて、当然のことなのかもしれない。
付き合って五年も経っていたが、僕は香苗が大好きだったからだ。
その日はコンビニの深夜バイトが休みだったので松屋のバイトだけを済ませて僕は早めに帰って来た。
とはいえ時間は九時半で、十分遅い時間帯だった。
アパートに着くと、駐輪場でちょうど香苗と鉢合わせになった。
香苗も、ロッテリアのバイトを終えて帰って来たところらしかった。
おかえり──
香苗が笑顔で言うので、僕はただえり、と答えた。何それ、と香苗は笑った。
香苗のおかえりに対するただいまと、香苗に対するおかえりを交ぜ合わせたのだと説明すると、
意外にも納得したように頷いていた。玄関を開けると、中は真っ暗だった。
左手を探り電気のスイッチを入れると、俄かに明るくなった。
そうそう、今度香月が泊まりに来るみたいよ──
そっか、と僕は答えた。
香月は、香苗の妹で、一卵性の双子だった。
他人に言わせればそっくりらしいのだが、僕にはなんとなくで区別がついた。
香月は、看護助士の資格を持っていて、時々二人のアパート近くにある老人ホームに研修があるらしく、
その日の前日はいつも香苗たちのアパートに泊まることになっていた。
あれ?──
洗面台の方から、手を洗いに行った香苗の声がした。
行ってみると、何かを探しているらしかった。
どうかしたかと尋ねると、歯ブラシがないという返事だった。
ない訳ないだろ、と探してみたが確かに見当たらなかった。
しかも、僕のと香苗のと二本とも。
泥棒でも入ったのかな──
心配そうに言った香苗に僕は笑った。
歯ブラシを盗んで何になるんだと言うと、それもそうよね、と香苗も笑った。
ただ、そのことをあまりに楽観的に考えすぎていたことに、その時の僕らはまだ気付いていなかった。
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